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人生色々 今日は幸子さん(仮名)の命日・・・幸子さんからのメッセージ

人生色々 今日は幸子さんの命日 えっちゃんのブログ
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10年前の2月2日の深夜2時過ぎ、携帯電話の音で目を覚ました。
施設で看取りの方が居たので、呼び出しの電話かと携帯を手にした途端、プチッ!と切れてしまった。
折り返し、電話をしようと発信先を確認すると、発信先は施設ではなく幸子さんだった。
間違えたにしてもちょっと変だなぁ~と思った瞬間、幸子さんの携帯からメールが届いた。
「今、幸子が亡くなりました」・・・同居する彼が打ったメールだった。

私と幸子さんの出会いは20年前、幸子さんが23歳の時、ヘルパー2級(当時)の資格取得のため、施設(特別養護老人ホーム)へ実習で来ていた時だった。
第一印象は、”綺麗!”・・・美人でスタイルも良く、まるでモデルさんのようだった。
実習中の態度や高齢者への接し方も良くて、職員の評価も素晴らしかった。
4日間の実習が終わるころ、介護主任から、職員として誘ってみてはどうでしょうか?と言われ声を掛けてみた。

職員からの評判も良かった幸子さんを職員としてスカウト

彼女は、私からの誘いをすごく喜んでくれたが、自分の話を聞いてから判断してほしいとのことで、面談室で話すことになった。
彼女は、妹と一緒に養護施設で育ったこと、中学卒業して工場で働き始めたこと、NHK学園通信制の高校に通っていること、将来は介護福祉士を取得したいと夢があることを話してくれた。

数か月後、NHK学園の高校を卒業した彼女は、私達の施設の仲間となった。
同時に、彼女は、NHK学園の専攻科(介護福祉士養成)通信制に入学した。
専攻科を卒業すれば、2年で介護福祉士を受験できるからだった。
当時は、3年間の実務経験があれば、介護福祉士の受験資格を得られたが、1年でも早く取得したいという思いがあったようだ。

通信制の学校で学び介護福祉士に

2年後、幸子さんは介護福祉士を受験し、めでたく介護福祉士となった。26歳になっていた。

介護福祉士を取得した翌年、同僚の男性(岡田さん:仮名)と結婚することになった。
岡田さんは一人っ子、音大を出て音楽療法が出来る介護福祉士となった異色の男性である。
幸子さんが入職してからお母さんと呼ばれていた私は、複雑な気持ちになったが、幸せになりなさいと送り出してあげた。
幸子さんは、両親の愛情を知らない。自ら岡田さんの両親との同居を希望し、娘のような存在になりたかったという。

結婚して2年が経過し、幸子さんは岡田さんの両親に可愛がられ、後は子供が出来たら・・・といつも話していた。
義父母からも孫の顔が見たいと言われていたが、なかなか子宝に恵まれなかった。

そんな矢先、岡田さんから突然、「好きな子が出来たから離婚してほしい」と言われてしまいます。
岡田さんの相手は同じ職場の後輩にあたる木下さん(仮名)だった。

同じ職場の後輩に夫を取られてしまう

岡田さんと木下さんは揃って退職して行き、彼女は、岡田家を出て、またひとり暮らしを始めた。

しかし、岡田さんはそのあとすぐに他の男性と仲良くなった木下さんに捨てられ、自殺してしまいました。

29歳となった幸子さん、一緒に食事をしている時に、突然「えっちゃんのような看護師になりたい!」と言い出した。
看護師になり、臨床経験を積み、10年くらい経ったら高齢者施設で働きたいと夢を語った。
彼女は強かった。慰めるどころか、反対に慰められたのを覚えている。
常に自分の将来を見据え、夢を語る彼女のどこにこんな強さが生まれてくるのか不思議だった。

29歳で看護学生となり、32歳で看護師に・・・循環器病棟で働き始めた。
働き始めた途端、体調を崩した。

子宮がんが見つかり余命半年と告げられる

子宮癌だった。ステージⅣ。余命半年と宣告された。

看護学生の実習や看護師国家試験の準備などで忙しい日々を送っていた彼女・・・。
疲労感は半端なかったはずなのに、私と会うときは常にポジティブだった彼女・・・。
夢見まで見た看護師となり、実習先で知り合った彼と結婚も考えていた彼女・・・。
これから幸せな日々を迎えると思っていたのに・・・。
余命半年と宣告されて丁度半年・・・彼女は仏さまになった。
棺の中で眠る彼女は白衣をまとい、微笑んでいた。

何のために・・・誰のために・・・彼女は生まれてきたのだろうか・・・。
彼女の葬儀には、看護師の同僚だけでなく、看護学生だった頃の仲間、以前の職場の同僚ら、多くの方々が詰めかけてきた。
喪主となった妹さんは介護福祉士となっていた。

生き急いだ幸子さんの人生。
子宮がんである事は、彼以外の誰にも言わなかったという。
最期は緩和病棟で亡くなった彼女・・・最後に愛した彼の腕の中で息を引き取ったという。

あまりにも早すぎる死

通信教育で高校を卒業し、通信教育で介護福祉士を学び、看護師という夢を叶えた幸子さん。
毎年、2月2日になると素敵な笑顔で微笑む幸子さんを思い出すのは私だけではないはず。
そんなあなたを誇りに思います。
享年32歳。

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