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特養入所事例 記憶に残る人①

特養入所事例 記憶に残る人 えっちゃんのブログ
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事務室の窓口にきた小柄で上品な老人は、
「おはようございます。河野しずゑ(仮名:94歳)でございます。私の退院はいつになりますでしょうか?」と尋ねました。
窓口の事務員は、
「河野しずゑさんの退院は明後日になっていますよ。」と返事をしました。
しずゑさんは深々と丁寧にお辞儀をしながら、「ありがとうございます。明後日ですね・・・。」とお部屋へと戻っていきました。

15分おきに事務室を尋ねてくる利用者さん

15分もすると、
「おはようございます。河野しずゑでございます。とても元気にして頂きました。私の退院はいつになりますでしょうか?」と尋ねました。
事務員は、
「林さんの退院は明後日になっていますよ。」と返事をしました。
再度、しずゑさんは深々とお辞儀をしながら、「ありがとうございます。明後日ですね・・・息子に連絡して頂けないでしょうか?お願いします。」とお部屋へ戻っていかれました。

また15分もすると、
「おはようございます。河野しずゑでございます。私の退院は?・・・」ニコッとして、「明日ですか?明後日ですか?・・・」と尋ねました。
事務員は、
「明後日ですね・・・。息子さんにも連絡してお来ますね。」と返事をしました。

また15分もすると、
「おはようございます。河野しずゑでございます。」笑顔で、自分の顔を指さし、そして外に向かって指さしました。
私はいつ退院できるのですかと、ジェスチャーで事務員に訴え掛けていました。
事務員は、
「河野しずゑさんですね。林さんの退院は明後日になっています。息子さんにも連絡してあります。」と返事をしました。

毎朝、朝食後になると、事務所を訪ねては退院日を確認し、自分の居室へと戻っていくという行動を繰り返すのが河野しずゑさんの日課になっていました。
介護職員が体操や学習活動等に誘いに来るまでの1時間、しずゑさんは同じ行動を繰り返します。

河野しずゑさんは、在宅から特別養護老人ホームへ入所した認知症の女性です。
しずゑさんは、大きな呉服屋の一人娘でした。
しずゑさんの上に兄がいたそうですが、学生の時に肺結核で亡くなられたそうです。
女学校を卒業し、その後も、茶道、華道、和裁をしながら過ごしていたというお嬢様でした。
呉服屋の跡取りとなったしずゑさんですが、婿が来ても家業は婿に任せ、家事は女中に任せるといった、お嬢様の延長のままの生活を過ごしていたと言います。

入所者さんは元呉服店のかた

家業が呉服屋だったので、物心付いた頃から着物や和裁のことは詳しく、茶道や華道も嗜んでいたと言います。
そんなしずゑさんにも待望の長男が授かりました。
身の回りの世話は女中に任せながらも息子のことは溺愛していたと言います。
息子への愛情は半端なかったと長男の嫁は言います。
お風呂も、食事も、息子が一番で、嫁の私は女中扱いだったと言います。

そんなお嬢様で育ったしずゑさんが認知症になったのは特別養護老人ホームへ入所する3年位前でした。
それまでのしずゑさんは、和裁の先生でもあり、しずゑさんの着物の仕上げは美しいと評判だたっと言います。
特に正絹などの高級な反物や大島、友禅などは、しずゑさんが作ると、丁寧で美しかったと言います。
評判は広まり、しずゑさんに頼みたいというお客さんやしずゑさんに和裁を習いたいという娘さんが増えたと言います。

そんなしずゑさんも高齢になり、作業が遅く、納期までに仕上がらなくなったり、とお客様に迷惑をかけることが出てきたと言います。
ある日、高価な反物の裁断を間違えてしまい、息子から咎められ、和裁を禁じられてしまいます。
しずゑさんは大好きだった和裁が出来なくなったのです。
元々、家事は長男の嫁が担っており、和裁まで取り上げられてしまったしずゑさんでした。
高齢だったこともあり、外出することも許されず、息子さんから引退を通達されたしずゑさんには居場所がなくなりました。

徐々にしずゑさんの物忘れが激しくなっていきましたが、特に大きな問題も無く過ごしていました。
そんな矢先、長男である息子さんが心筋梗塞で亡くなられました。
長男の死がしずゑさんの認知症を進行させました。
常に息子を探し回るのです。
お嫁さんが、仏壇に連れていき、しずゑさんに説明するも、しずゑさんには理解できず、嫁が息子を殺したと言うようになったのです。

こうしてしずゑさんの特別養護老人ホームでの生活がスタートしましたが、施設での生活もとてもユニークでした。
お嬢様であり、奥様であったしずゑさんは、とてもプライドが高く、他の利用者とのかかわりは嫌がりました。

特養での昼食

利用者が多く集まる食堂やホールでは、他の利用者に対して上品?な暴言を吐きます。
「私に近寄らないでいただけますか!」
「あなた、とても下品な食べ方をなさるのね・・・オホホホ・・・」
「あなた、下品なお洋服を着てらっしゃるのね・・・オホホホ・・・」etc。

また、和裁が得意だったしずゑさんに針仕事をお願いすると、
「エッ!?私にこんなお仕事をさせるのですか?私は和裁の先生ですよ!正絹以外は触りませんので・・・よろしいかしら?」

お茶会を開けば、
「私は裏千家でしたの・・・師範ですのよ。あなたのお師匠さんはどなたかしら?」
「茶道は裏千家。華道は池坊。あなたは何をなさっているのかしら?」などと嫌味を上品にお話しする方でした。

しずゑさんは99歳で施設で看取りました。

亡くなられる半年前まで、退院できると信じていたしずゑさんでした。
最期まで息子さんの死を信じることなく息子だけを愛していたしずゑさんでした。

小柄でとてもお上品なしずゑさんは、私の記憶に残る方のおひとりです。

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