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マザコン息子の介護の果て

マザコン えっちゃんのブログ
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江口まち江さん(仮名:90歳)は、2年前に特別養護老人ホームへ入所になりました。
脳梗塞後遺症・緑内障による全盲・認知症・要介護度Ⅳ。

まち江さんは、特別養護老人ホームの居室でひとり息子の勝さん(65歳)と二人で過ごす時間を一番の楽しみにしています。

毎日、昼食が終わりしばらくすると、職員を呼ぶブザーが鳴ります。
まち江さんからの呼び出し音です。
「今、何時ですか?」まち江さんは決まって午後になると、何度も何度もブザーを押しては時間を尋ねます。
廊下で人の気配がすると、「おねえさん、今何時ですか?」と時間を尋ねます。

毎日、お昼過ぎには面会に来る勝さんを待っているのです。
勝さんは運転免許がないため、天気の良い日しか面会に来ることが出来ません。
そんな日は、午後からずっと深夜まで、「今、何時ですか?」「勝は来ますか?」とブザーを鳴らし続けます。

ナースコールを押し続けるおばあちゃん

介護者の勝さんが45歳の時に、まち江さん脳梗塞で倒れました。
急性期の病院で一か月入院し、その後、リハビリ専門の病院に転院し、70歳のまち江さんはリハビリに努めました。
まち江さんは左半身麻痺となりましたが、杖を付いて歩行できるまでに回復していきました。

リハビリテーション病院入院中に、在宅生活に向けての調整が行われました。
その頃、江口家では、勝さんと妻である真理子さん(仮名)の間で離婚の話が進んでいました。

勝さんと真理子さんが結婚したのは、勝さんが30歳、真理子さん32歳の時でした。
真理子さんは、勝さんの母親思いで優しいところに惹かれたと言います。
お付き合いしている時もお母様であるまち江さんの話をよくされたと言います。

既に父親は亡くなっており、ひとりになったまち江さんを心配し大事にすることは素晴らしいことだと思いつつも、結婚後に自分よりもお母様のことを優先させるのではないか、結婚して何年か後に介護の負担が自分にかかってくるのではないか、と不安はあったと言います。

しかし、まち江さんから、私の老後は心配しなくてもよいから、二人で暮らしなさいと言われ、新婚生活はアパートを借りてのスタートだったと言います。
スタートは良かったのですが・・・。

マザコン息子

真理子さんの不安は的中します。
勝さんは極度のマザコンだったのです。

勝さんは、時間の都合が付けやすい仕事に転職し、入院中は毎日病院に通い続けました。
当然、収入も減り、パートで働いていた真理子さんが会社員として働くことになりました。

病院からまち江さんの退院の話が出ると、勝さんはまち江さんの家に家族で同居する話を真理子さんにしました。
真理子さんは、当然、大反対です。
介護保険制度がない頃の出来事です。
真理子さんの負担は目に見えていました。

話し合いの結果、勝さんだけがまち江さんと暮らすことになり、勝さんは家を出て、母と息子の二人暮らしが始まりました。
話し合いから2年後、勝さんと真理子さんは協議離婚します。

協議離婚

まち江さん75歳の時に緑内障で視力を失います。

勝さんは家事担うようになりましたが、まち江さんが出来ることは出来るだけ自分で出来るようにとまち江さんには厳しかったと言います。
そして、まち江さんが80歳の時、室内で転倒し、大腿頸部骨折で入院し、手術を行いましたが、全盲で脳梗塞の後遺症もあるため転倒前の身体状態まで戻ることが難しい状態でした。

公的介護保険もスタートしており、要介護認定の結果(要介護度Ⅳ)が出ました。
住宅改修費でお風呂場とトイレを改修し、シャワーチェアーを福祉用具購入費で購入しました。
ケアマネージャーからデイケア(通所リハビリテーション)も勧められ、週2回通い始めました。
勝さんは家事の全てと、まち江さんの介護が始まりました。
骨折を機に認知症も進んできたようでした。

転倒するおばあちゃん

勝さんはまち江さんの介護を一生懸命行っていましたが、まち江さんが自力で排泄や入浴が出来るようにと、デイケアに行けないときは勝さん自身がまち江さんのリハビリを行っていたと言います。
また、まち江さんの入浴介助も息子である勝さんが行い、排泄介助も同様に行っていました。

そんな状態が5年も続いた頃、まち江さんの認知症も進行し、昼夜構わず「まさるぅー!まさるぅー!」と大きな声で呼ぶようになりました。
排泄は自力で出来なくなり、紙パンツを使用するも、一度濡れたら紙パンツを外してしまい、時にはベッドが便まみれになることもありました。

最初の頃は、叱咤でおわっていた勝さんも、まち江さんを怒鳴り散らし、叩く蹴るの暴行に発展していきました。
勝さんの暴行は、デイケア利用の入浴時にまち江さんの身体に大きなあざがあるのを職員が発見し、担当のケアマネージャーに伝わりました。
勝さんは、母を大切に思う気持ちはあると言います。
しっかりしていた母を尊敬していたと言います。
だからこそ、壊れていく母をどうにかしなきゃ!と思う気持ちが母を傷つける結果になってしまったのだと・・・。

虐待を受けるお母さん

息子による虐待は、必ずしも親が嫌いだったり憎かったりして起こるわけではないのです。

むしろ、親の世話に一生懸命な息子が加害者になることも多くあります。
さらに、息子は娘よりも、親に自立した状態を維持させようという目標を掲げてしまうことが多いといいます。

ある程度は、親の身体や認知の機能を維持出来る部分はあるかもしれませんが、そこには限界があります。
その時に、息子は、親が機能の維持をあきらめているように見え、「どうしてもっとがんばれないのか」と親を叱咤し、手が出てしまうケースもあります。

マザコン男性は、幼少期から母親の強いプレッシャーの中で育っています。
そんなプレッシャーが原因で、子供の自立心、創造性が失われてしまい、自信のないまま大人になってしまっている事があります。
困ったときは直ぐに母親に頼ってしまい、自分一人で力を発揮して問題解決ができない大人に育ってしまうのです。

厚生労働省の調査によると、要介護高齢者に対する虐待加害者のうち、息子が40.3%、夫が19.6%、娘が17.1%を占め、息子による虐待が突出して多いことがわかります。これは息子介護のネガティブな側面です。

今、まち江さんが特別養護老人ホームへ入所したことで、まち江さんと勝さんは、良い距離感を保ち生活しています。
しかし・・・勝さんは、施設職員の過度の援助を否定します。

まち江さんは90歳になりました。90歳になっても尚、勝さんのまち江さんに対する自立への想いは続いています。

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