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老々介護ー老夫婦の現実①

老々介護ー老夫婦の現実① えっちゃんのブログ
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村役場の福祉課の担当者から「入所させたい人がいるので話をしたい」と連絡があった。
役場の担当者は、92歳の喜一さん(仮名)と88歳の千代さん(仮名)老夫婦の話をし始めた。

福祉課の担当者から見ると、在宅での生活が限界に来てると思い、老人ホームの入所の話をしたところ、喜一さんが聞く耳を持たないという。

喜一さんは92歳にして持病もなく元気だが、千代さんが寝たきりになり、喜一さんの介護だけでは限界だと思われるので、一度、ショートステイを利用させてみて施設生活を体験させ、その後入所の方向へ持っていきたいのだという。
そこで、私に一緒に訪問して話をしてもらえないかという依頼であった。

喜一さん、千代さん夫婦には子供がなく、喜一さん24歳、千代さん20歳の時に結婚し、現在の住居に暮らし始めたという。喜一さんは、長年林業に従事し、千代さんは家の畑や田んぼで野菜や米を作って生活していたという。水道は引いてあるが、山からの湧き水で炊事、洗濯、お風呂も賄っているという。

仲の良い夫婦 農家

千代さんが数年前から認知症の症状が出て、ここ数ヵ月は歩行も困難になってきたのだが、元来病院嫌いな喜一さんは周囲の心配をよそに受診を拒んでいるという。ただ、喜一さんは、認知症状が出ている千代さんを一人には出来ず、どこへ行くにも千代さんと一緒に出掛けているのだ。田んぼに出掛けるにもリヤカーに千代さんを乗せてお弁当を持って出かける。買い物に出かける時もリヤカーに千代さんを乗せたまま用事を済ませ、一緒に帰るといった状態だという。
運転免許のない喜一さんは、数年前までは自転車にサイドカーを付けて千代さんを乗せて移動していたという。

役場の担当者と一緒に喜一さん夫婦の家にむかった。
幹線道路から細い山道を登った先に喜一さんと千代さんの暮らす家があった。築60~70年は経っていそうな平屋の家屋だった。

広い土間には普段使っているであろうと思われるリヤカーがあり、喜一さんが自ら作ったであろうと思われる外から土間へ入るためのスロープがあった。また、リヤカーの中には、千代さんが過ごしやすいように座椅子とクッションなどが置かれていた。

「こんにちは!」と声を掛けると、奥の部屋から喜一さんが出てきた。白髪で、長く伸びた立派な髭を蓄えた姿は仙人のようであった。白い甚平を着ているように見えたが、よくよく見ると、新聞店でもらったタオルを縫い合わせた手作りのシャツであった。

役場の担当者と私の姿を見ると怪訝そうな表情になったが、私が、「○○老人ホームの○○です。千代さんに会いに来ました。」と自己紹介をすると、「千代はわしとここで死ぬまで暮らすんじゃ!」と言われてしまった。

千代さんは、30㎏もなさそうな小柄で可愛い感じの女性であった。「こんにちは!」と手を握りながら声を掛けるとニコッと微笑んでくれたが、すぐに喜一さんの方へ視線を移し、喜一さんだけをじっと見つめていた。

無償の愛

92歳という年齢で、こよなく妻を大切にしている姿。衣食住のすべてが原始的なのに、そこは夫婦愛に満たされていた。

千代さんが施設に入れば千代さんのQOLは拡大するかもしれない。しかし、喜一さんの気持ちを考えると、とても千代さんを施設に入れましょうとは言えなかった。

※QOL(Quality of Life)=『人生の質』や『生活の質』と訳されています。

役場の担当者には、喜一さんや千代さんに変化があった場合には、すぐに対応することを約束した。
数年後、千代さんは自宅で喜一さんに看取られながら亡くなったという。
元気でいた喜一さんも千代さんの後を追うように千代さんの死から半年後に亡くなったという。

老後を誰とどこでどのように暮らすかは自己決定できるものであり、福祉サービスの援助者が決めるべきではないということを実感した事例でした。

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